土管

過日、根岸地区を歩いているとき、暗渠排水用の土管を見つけた。
ここにも!、桜川市の地場産業である素焼きの土管が使われていた。

市内旧真壁町の東山田、源法寺地区には、良質の陶土が産出し、江戸時代から水甕や下甕(汚水を貯める甕)、かまど、ほうろくなど、日常生活の道具が作られてきた。茨城県といえば、笠間焼が著名だが、素焼きの製品が多いために、笠間焼とほぼ同じ歴史があるにもかかわらず、真壁の窯業は県内でもあまり知られていない。 土にこだわる陶芸家にとっては、荒々しい陶土として魅力があるらしい。
昭和40年代は植木鉢の生産がピークとなり、30年代後半より、全国の土地改良事業に伴い暗渠排水用の土管が全国に販売され、現在にいたっている。全国の稲作はじめ土壌整備には欠かせない器材である。

40年代からは機械化が進み、特に東山田地区の土管工場では一日に何千本もの土管が作られて、うず高く積み上げられている。路地を入れば、レンガの煙突もあらわれ、やきものの里の風景が残っている。
土管と土管をつなぐL字の管もいまだに手づくり、O好製管の奥さんの技はすばらしいし、ひもを肩にかけて、まわりながら大甕をつくるKさんもまだ健在である。
また、源法寺地区のY田さんは黒陶の大甕を作っている。
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写真はK野さんの土管工場。昨年の国民文化祭の折、真壁小学校の6年生が総合学習で工場見学。出来たてほやほやの土管で創作活動を楽しんだ。
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明後日21日、泥花の田んぼの除草作業にでかけます。
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by carat-dorohana | 2009-06-19 23:13 | 泥花通信